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その『夢心』という言葉の意味は、神主である自分が、神明奉仕を通 じ、奢り高ぶり偉くなったように思ってはいけない。神様は偉いが、神主が偉いのではない。
奉仕するものは常に参拝者や祈願者の中間に立ってなければいけないという意味だそうです。その先生の言葉の重みをようやっと感じることが出来るようになってきました。常に信頼される神主として日々精進を重ねていきます。
最近は様々な活動に参加させていただくことで、自分の世界を広げたいと思い一歩踏み出したのですが、色々と自分の思い描いた世界とは食違いが出てきたように思います。
しかし、そのギャップを縮めることで、自分の夢への道が開けると思い始めて再度チャレンジしてみます。人は挑戦することを止めると終わる、だから私は死ぬまで常に挑戦者というものであり続けたい。やるならNo.1を目指して! 忙しいからこそ、自分の限界に挑戦できると思うし、家族にも少しは優しくなれてきたような気がする最近です。
話は変わりますが、その先生に最近新しい課題をもらいました。
「夫々自分のものを持って集まろう」です。この言葉もすごい重みを感じます。
もうすぐミレニアムイアーを迎えようとしている今、この言葉こそが新しい時代をつくり出す原動力となることでしょう。
皆さんもこの言葉の意味を考えましょう。
1999.12
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